自分の事を棚に上げ相手に「分かれ!」とは横暴!自分のズルさを知れ!欲しがり甘えは人を冒涜している

 

こんにちは
 
やっとスカッと晴れました
 
いかがお過ごしですか?
 
 
 
さて、今日のお題は
 
『分かろうとしない』です
 
私達ひとりひとり
 
個性を持って生きています
 
育ってきた環境も違います
 
家庭環境1つ取っても
 
兄弟姉妹同じ家庭で育っても
 
それぞれ受け取り方も
 
考え方も全く違います
 
 
 
他人となれば尚の事
 
経験してきた事も全く違います
 
男女では思考回路が違いますし
 
感じる感覚も大きく違います
 
 
 
そんな二人が恋におち結婚して
 
家庭をもって、また個性の違う
 
子供達を育て、社会では
 
個性豊かな人たちと関わり
 
仲間となり友となり
 
またチームとして仕事をします
 
 
 
自分自身が「理解してもらえない」
 
「分かってくれない」ともがいた所で
 
相手も「理解できない」
 
「分からない」と、当たり前の事です
 
 
 
分かったとしても「なんとなく」です
 
同じ経験をした人だと何となく分かり
 
ますが、未経験な事は
 
分かりませんよね
 
また、その感覚や今のムカつくという
 
感情は別体験で理解はできますが
 
本当に相手の言っている100%
 
理解したのではありません
 
 
 
「あの時分かったって
 
言ってくれたやん」
 
と、持ち出しても無意味です
 
そんな馬鹿げた事を毎日、いつも
 
繰り返している私達です
 
その癖は何処ででも始動します
 
もう、気付きましょうよ!
 
人は何故、「分かって欲しい」
 
「理解して欲しい」と
 
思うのでしょうか?
 
以前にもお話しましたが
 
「…欲しい」と付く言葉は
 
エゴです
 
「我」「欲」の賜物です
 
欲深い感情です
 
 
 
そもそも、分かるはずがないのに
 
むりくちゃ「分かれ!」と
 
言っているのですから
 
横暴ですよね
 
 
 
この感情は近しい人に
 
多く見られます
 
友達関係や夫婦、家族内など…
 
甘えるからそういう感情が
 
芽生え求めるのです
 
 
 
では「…欲しい」と求める人ですが
 
逆に「分かってあげよう」
 
「理解してあげよう」と
 
思うのでしょうか?
 
そういう人には順番があるようです
 
「まず、私の事から」と
 
そう思っていないはずがありません
 
残念すぎます
 
しかし、そういう人は何が何でも
 
「まず、自分」ですから
 
1、2回分かろうとしただけで
 
「次、私」となるから堂々巡りです
 
冒頭の通り自分と同じ考え
 
感覚、感情、思い、表現の仕方
 
全て異なります
 
別物だから感じ取る事も出来ないし
 
逆に否定されている感じも
 
するのです
 
 
 
例えば…
 
「私のやる事に興味がないみたい」
 
本人は放置され無視されている
 
感じを受けますが
 
相手にしたら
 
相手を信用しているから
 
見守っている
 
そういう場合もあります
 
だから、自分が感じている事が
 
完全な事実ではないという事です
 
 
 
そういう人は思い込みも
 
激しいので、一旦そう思うと
 
ちょっとやそっとで
 
相手に対しての色眼鏡は
 
外せません
 
 
 
ずっと過去の事が付きまとい
 
「また」→「きっとそう」→「絶対」
 
日々自分の思考にジワジワ
 
刷り込んで行くのです
 
そしていつの間にか妄想が現実に
 
起こった事の様に思う
 
プロフェッショナルとなる訳です
 
 
 
そんなことを日々努力して
 
人を正しく見る事が出来なくなって
 
他でも「こう思われている」→
 
「きっとそう」→「絶対」
 
パターン化されています
 
あなたの思考パターンは
 
いかがですか?
 
 
 
…「あるわ~(>_<)そうだわ」
 
…「あ~!思い込んでる」
 
…「勝手な私の妄想?
 
でも前科あるんだけど」
 
 
 
そして、もう一つ
 
自分がそれを願ったから
 
そうなっただけの今の現実です
 
…「でた~(_😉
 
 
 
何も自分から改善しようとしないで
 
変わらない刷り込みと
 
思い込みに全力を尽くし
 
努力していれば
 
結果は自ずとついてきますよね
 
後から自信もついてきます
 
 
 
それがネガティブに全力を注ぐから
 
「私が予想していた通り!」と
 
思う確率で現実がそうなります
 
 
これは、人生を掛けた
 
「責任転嫁」です
 
まだ、続けますか?
 
続けるのでしょう
 
本人には危機感はある意味
 
ありませんから同じことを
 
繰り返しジワジワ真綿で首を
 
締め付ける行動を取ります
 
いつの間にか親の仇にまで
 
発展する勢いです
 
 
 
そんなことをしていても
 
決して自分が望む関係性は
 
気付けません
 
 
 
自分と相手を切り離す事です
 
離婚しなさいとか別れなさいとか
 
関わるなと言っている訳では
 
ありません
 
 
 
相手がいるから甘えるのです
 
「…欲しい」と望むのです
 
私達は自分の人生を
 
生きているのです
 
自分がそうしたいから
 
そうしているのであって
 
したくない事はしなくていいのです
 
でも、心の奥では
 
「私も、○○できていないし」
 
「あの人、本当は…」と
 
分かっているのです
 
負い目を感じる部分があるから
 
言えないし、動けないのです
 
負い目を改善して
 
正当な、全うな、純粋な見方
 
生き方をしていれば
 
何も恐れるものはありません
 
 
 
まず、ポイントはそこです
 
自分に恥じない生き方をしていれば
 
誰が何と言っても揺るぎません
 
 
 
自分に負い目や自身に恥じる
 
生き方をしているから
 
相手に不満が出るのです
 
…「なんで、相手に不満?」
 
自分のそういう部分を
 
隠そうとするから
 
相手のそういう部分が目について
 
「もうちょっと、こうして欲しい」
 
「これくらいして欲しい」と
 
なる訳です
 
あーっ!本当に人間て
 
面倒な生き物です
 
全てが自分を擁護するために
 
やっている事です
 
だから、自分と相手を
 
切り離すのです
 
 
 
そして自分に従事する事
 
 
 
誤魔化している所を正す
 
分かっていて目を背けている事に
 
視点を合わす
 
後回しにしている事を今する
 
料理が苦手(>_<)
 
クックパットがあります
 
掃除が出来ない(>_<)
 
ダスキンホームクリーニング
 
があります
 
※決して回し者ではありません
 
まず、自分のすべき事を
 
しっかりやってから「…欲しい」です
 
身勝手です、我儘です
 
悪魔です
 
 
 
キッチンがスカッとしたら
 
誰が嬉しいですか?
 
自分です
 
クローゼット内が整理整頓できたら
 
誰の心がスカッとしますか?
 
自分です
 
自分が喜ぶことをやるのです
 
そして「出来るやん、自分」と
 
褒めたくなるはずです
 
視点はここ!!!!
 
 
 
人に何かしてもらうのではなく
 
満たしてもらうのではなく
 
評価を求めるのではなく
 
自分が自分を評価し
 
価値を見いだすのです
 
 
 
何度も、何度も言っている事
 
自分を分かってあげないと
 
相手の事も分かりません
 
全ての根源は自分です
 
自分スタートです
 
自分発信です

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