居場所

こんにちは

居場所…

自分の存在価値…

考えさせられます

あなたはどう感じ、どう受け取りますか

≪直観書記メッセージ≫

「居場所は心ぞ

心あるべき所が お前の存在する所ぞ

居場所がないと感じておるのは

お前の心が荒んでおるからぞ

心鎮めよ 心感じよ

大切なお前であるのだぞ」





【私なりの読み解き】

「居場所は心ぞ」

居場所が心 心が居場所…

居場所とは何なのでしょう。

居場所とは自分自身が

自然体でいられる所であり空間、

そして自分の全てを委ねられるスペースの事で、

それが「心」と言う事。

心は思い方考え方でどのようにも

形を変える事が出来る自由自在であるのだと思います。

つまり、心に柔軟性を持つことによって、

たとえ苦痛を感じる居場所であっても

最高の居場所であると感じとれると言う事だと思います。


「心あるべき所が お前の存在する所ぞ」

「心あるべき所」とは自分の肉体だけでなく

魂の存在している所で「お前の存在する所」とは

私達が今、この瞬間存在している所の事を指しています。

自分が移動すると肉体も魂も共に移動します。

家庭や職場、実家や大切な人が居るその場所でなく

特定の場所でないと言う事です。

私達が移動すれば、

その場所が「居場所」であると言う事です。


「居場所がないと感じておるのは」

「私には居場所がない」とよく耳にします。

誰かの手を借りて居場所を作ってもらう、

「安心できる居場所にして…」

そんな事は存在しません。

だって、「心」のあるところ「肉体」と「魂」が

存在する所ですから「誰かに」

用意出来るものではありません。

また、あなた以外の人が、

あなたの最適さや安心できる所、

居心地の良いスペースがどんなものなのかなど

分りっこないのです。

冒頭の自分自身の「心」の感じ方を

自由自在に変化させることによって、

この世全てがあなたの最適な居場所になるのです。

だから「ない」ではなく、どこにでも「ある」のです。



「お前の心が荒んでおるからぞ」

まさにそうでしょう。

自分自身が全てを否定し、

受け入れる事もなく、

全て自分以外のせいにしていると心が荒みます。

カラカラに枯れ果ててしまっているから、

温かい感情がわき起こらなくなっているのです。

この世の中は「個」であり、

自己責任から成り立っています。

全ての結果は自分自身から発せられているものですから。

「心鎮めよ 心感じよ」

「心鎮めよ」とは自分の物差しだけで

測るのではなく、広い視野を持って

再度見渡してみましょうと言う事で、

今、ここに存在している自分自身に感謝してはどうでしょう。

そして周りの方々へ有難さを

受け取ってみてはいかがでしょう。

必然的に心が静まります。

感謝は枯れ果てた心に潤いを与えてくれます。

「心を感じよ」勿論自分の心を感じることの大切さ、

そして周りの方々の心を感じてみる、

それも大切と言うのでしょう。

「大切なお前であるのだぞ」

そうです。

あなたは大切な存在です。

どんなに自分自身を認める事ができなくても、

あなたを大切に思う方々が存在します。

有難うございます。

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